しい人間であるか否《いな》かと、その丸い顔を、柔和な眼を、健康そうな表情を、それからがっしりした老人の体格をただみつめていた。
「学校の先生ってつまらないな」
その老人は続いていった。が、氏にはまだ言葉を返すことができなかった。
「蟇口ってやつもおよそしようのないもんだな」
――この老人はいつの間にこのベンチに来て、またいつの間に、そんな氏が士族の子弟であり、かつて小学校に奉職していたことなどを知ったのであろう? と氏はやはり老人の面をみつめたまま黙っていたというのである。
「どうだ、食わないか?」
はっはっはと老人は笑いながら、それまでもぞもぞやっていた毛布のふところから、一個の新聞紙包みを出して開いた。そして食い残しらしい八、九本のバナナが、急に氏の食欲を呼び覚まさした。手を出すのじゃない、手を出すのじゃない、とわずかな理性があの北海道行き人夫の末路を想像させた。がその時、氏は到底《とうてい》その誘惑には勝つことができなかったと述懐した。
「いただいてもいいのかしら――」
若い寺内氏はそういったつもりであったが、急に覚えた口中のねばねばしさで、それは唇から洩《も》れずして消
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