つへたどりついていたのである。
時間はちょうど六区のはねた直後のことで、そこでまだ、楽しい人々がまっくろになって電車道へと押し流れていたが、ぞろぞろと遠ざかって行くその足音は、ベンチにくずおれた氏の耳へは、まるで埋葬《まいそう》に来た近親者が引き返すのを、埋められた穴の中から聞くようにひびいたそうである。
六区の電燈がばたばたと消えていった。とそれに追い立てられるように、今までやかましかった夜店の売り声がひとつひとつなくなっていって、賑《にぎ》やかさの裏のひとしおのつめたさが、氏の足先を包んできた。何か甘ずっぱい風が、氏の胸から背の方へついついと肺臓をぬけてゆくように思われたという。
何がなしにしばらく眼をつぶっていてから、氏はポケットの履歴書を取り出して、これも何げなしにその文字をゆっくりと眺めて見た。士族と断わってあるのが変に滑稽《こっけい》に思われたり、学校への奉職という字が急に憎々しくなったりした。田舎のことがちらと頭をかすめた。しかし氏の連想は、汽車賃どころかもはや自分には今どうする金も一文もない、というところで豆腐のようにぼやけてしまったのである。
氏は後ろざまに、
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