に起った一つの事件を語るのを好まない。が、ここまで書いてきた順序として、その一軒で、氏がひとりの婦人と交渉を持った大体をいおう。
東京のまっただ中に、そんな限られた海へ出る人の一町《ひとまち》があるのだとは私も信じ得ないが、そこは要するに留守を守る女ばかりの一|区劃《くかく》であって、氏が誘われた一軒は正にそうした長い間不自由の苦しさを感じているひとの住居だったのである。氏が誰の案内もなくそこへ行ったことは、ことに相手のひとに喜ばれて、氏は実に一週間という驚くべき毎日を、その相手のひとと面白くなやましくすべてを忘れて明け暮した。氏がすべてを忘れたという点には、もっと説明が必要であろうが、男女の間の微妙な関係は、読者がよりよく理解してくださるはずである。
氏はそうして暮しているうち、相手のひとのはなはだ美しいこと――この美しさは彼女の聡明、教養、気品といったものを含んでいる――を知った。そしてやがては単なる興味を越えて、氏はかつて覚えなかった恋心を、その美代子《みよこ》――なるひとに感じはじめたのである。
従ってそのいい難い一週間が終わって、最早《もはや》それ以上とどまることの不可
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