く。すると十四、五分歩いたところで黒い板塀につき当たるから、かまわずその板塀を向こうへ押し開けばいい。いいな。するとこんな恰好《かっこう》のせまい静かな通りへ出るから、いいかい、いよいよこの通りへ出たら、できるだけ静かに、口笛を吹いてこちらからこちらへゆっくり歩くんだ。うんそれだけでいい。そうやっていればきっといいことが起こる。決してびくびくしちゃいけない。どこまでも元気に、そしてどこまでも太っ腹で――まあとにかく行ってみるんだな。何もなかったらまた浅草へ帰って来るさ。俺はたいていあの時間にはあのベンチに行っているからな」
 老人のいう言葉には何か力といったものが感じられた。その結果がいかなるものとも予想さえつかなかったが、なおしばらく右の冒険について老人と問答を交した末、寺内氏は勇敢にもその地図にない町をさして行くことに決心したのだった。
 日は長くなったとはいえ、都会の夕暮は公園のベンチへも間もなく来た。まだ五時にはいくらかの間があったであろうが、夕刊の鈴はやかましくひびき、家々の軒には郷愁を呼ぶような冷たい電燈が輝きそめた。
 老人と別れた氏は、不思議な興味に胸をおどらせながら、
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