』を考えていた。
――自分は寝た。そして食った、着た。そのうえにいいこととは何であろう? 金か、いや老人は金以上のものがといったのである。金以上のものといえば――おお女、老人は自分にひとりの恋人を与えようというのではあるまいか?
寺内氏は浮き浮きとした気持になって床屋を出、老人の待っていよう公園へ引っ返して行った。
「いいかい、この町には名前がないんだからな、こんな町は参謀本部の地図にだってありはしない。よく聞いていて間違わないようにしなければ――」
老人はそう前置きをして、さてつぎの『いいこと』のある場所を教えるべく、公園の一箇所の、なめらかな土の上に、石でもって面白い線を引きはじめたのである。
「ここが三越だ、いいかい、そしてここが駅、この三越と駅にこう線をひいて、このところから直角に、こうしばらく行くと白いポストのある煙草屋の前に出る。うん、ペンキがはげて白くなっているんだ。この煙草屋の右に路地があるからな、この路地をこう行くと、右側の家を数えて、一軒二軒三軒四軒目のところで路がこう二つに分かれている。これを左に行っちゃいけない。これからは一本路だから、これを右へ右へと行
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