えてずらかろうてんだからな、なあに行く必要なんかあるものか、広い東京で二度と再びあの刑事に出合うようなことはありはしない。警察へ行けばそれこそ折角《せっかく》の着物を取りあげられてしまう」
老人は上機嫌で、そんな風に説明した。そしてなお語をついで、
「な、これほど立派になったのだから、ここを出たらついでに床屋へ寄って、顔を奇麗にしてくるがいい。そしたら俺が、もっともっと面白いことを教えてやるぞ。決して罪じゃないんだからな。そしてこん度のは、うまくゆけば相当な金になろうもしれぬ。いいや金でなんか買えぬいいことがあるかもしれぬ。お前さんは人間がしっかりしているから、ひょっとすりゃ、それでまた世の中へ帰れるかもしれないや。ま、そのことはそれでいい、とにかく早く顔を当たって来ることだ。俺は公園で猿とでも遊んでいるからな」
老人のいう、つぎのいいことは何であろう? 寺内氏は、朝からの、いや昨夜からの経験で、もう絶対に老人を信じていた。そしてこの愉快な生活に、今はほとんどの同意をさえもつようになっていたのである。
氏は付近の床屋で快い鋏《はさみ》の音を耳近くききながら、老人のつぎの『いいこと
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