氏よりもむしろ老人といってよかった。寺内氏はただ呆然として、しばらくなすところを知らなかったのである。
「とにかくどこかで昼にしよう、金さえあればこんななりをしていたって心配はない」
 老人は先に立った。氏は後から続いた。そして近くのレストランに入って、老人は一杯のビールをさえやりながら、またまた、氏に対してどんな話をしたであろうか?

「いや、なあに都会の事情に少し通じてくれば、こんなことはわけはないんだ。俺は今朝、あの食堂で、隣りの奴等が話をしているのをちょいと耳に挟んだのだが、なんでも麹町のさる所で、一事件が起こったというんだ。つまらない盗みなんだが、いずれ奴等が話しているくらいだから、その犯人がどんな人間かは大体想像がつく。とすると、俺のように十年近くもこんな生活をしている人間には、その犯人というのがどこにどれだけかくれていて、それからどの路をどこへ逃げるということのおおよそはすぐにわかるんだ。で私服に追いかけられるならあの辺だと思ったから、まあお前さんを引っ張って行ってみた、とこういったわけさ。袂にレコが入っていたのは役得とでもいうのかな、そうだよそうだよ、奴あすぐに着物をか
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