違いない。氏が今短刀で脅迫されたことをおどおどと話すと、
「よし、そして奴はどっちへ行った? そうか、では君は後から××署へ来い、参考人だぞ!」
と大型の名刺を投げるようにして、くれて、そのままこれも木立のかなたへ駈《か》け去ってしまった。まことに夢のような一時だった。この出来事はしばらくの間――やがて老人が説明してくれるまで、寺内氏にはどうしても事実として信じられなかったそうである。
服装が変わってしまった。氏は今立派な青年となった。ああなんという老人の言葉であろう、知恵であろう! 寺内氏の驚きを、老人は相変わらずはっはと笑った。そしていった。
「な、すっかり変わったじゃないか。これでも少し顔の手入れをすれば、どこへ出しても恥ずかしくない若い者だ。お祝いに昼飯はレストランにでもするかな。――その袂《たもと》には一文もないかしらん。なけりゃこの辺でちょいと拾って来てもいいんだが――」
老人の言葉に氏は手を袂へ入れてみた。とどうであろう、蟇口こそなかったが、はだかのままの五円札が一枚、それほど皺《しわ》にもならないで出てきたではないか!
「よう、これは拾い物だな」
驚いたのは寺内
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