たのである。
「勿論あなたのことですから、危いことはないのでしょうね?」
「ああ勿論、誰だって文句をいう者はひとりもない。あったところで決して罪にはならない。まあいいお天気だから、ぶらぶら行くことにしよう」
 そして寺内氏と老人とは、服装に似合わない都市道路論などを戦わしながら、今は昼近い町の巷を、悠々と歩いて行ったのである。
「さあ、この辺でしばらくぶらぶらしていれば、そのうちに誰かが着物を持って来てくれるはずだ」
 そこは日比谷公園の、元の図書館の裏にあたる木立の中であった。老人はそう呟いて傍のベンチに腰を下ろした。
 公園もこのあたりになると、ちょっと幽邃《ゆうすい》な感じがして、遊歩の人の姿もきわめてまれである。早春のあわい日影が、それでも木の間を通して地上に細かな隈《くま》を織り出していた。寺内氏は同じく老人の横に腰を下ろして、何故このあたりをぶらぶらしていれば、そんな物好きな人が着物を持って来てくれるのかと、そのことを老人に訊ねようとした。
 と、その時である。何か慌《あわただ》しい気配が二人の背後に起こったと思うと、
「おい!」
 がさがさ! と木立から音がして、二人の目
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