それに対して少しの意見をのべたに対して、
「勿論《もちろん》罪は罪だろう、が、こんな罪は決して他の労働者に迷惑をかけたり、また監督の腹をいためたりはしやしない、全く周囲に交渉のない罪なら、社会的にはそれは少しも罪ではないからな」
と老人は、なかなか変わった意見を吐くのである。そして老人自身はその罪でないことを信じている旨を話し、二三、こうした罪でない罪のはなはだ老人にとって有益である例をあげた後に、
「面白いと思うなら、これからある場所へ行って、お前さんの服装をもっと立派なものに変えてみようではないか。一文もいらないとも、勿論。俺だって今少し若ければ、色気というものがあるから、多少こざっぱりしたなりをしてるんだが、この年ではこの方が気楽だからな」
と、これまた興味のある相談だった。
寺内氏はその時、老人の持っている主義というか哲学というか、そんなものから、自分の今日までを照らし合わして、なかば肯定《こうてい》的なものを感じたとのことであった。
今はこうした不思議な生活の、その罪であるかどうかというような問題よりは、これから直面しようとする服装の冒険に、いいしれぬ興味と勇気を覚え
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