そう思いつめた末に、なかば空腹を感じながら、やっと眠りについたのである。

「俺は労働者じゃない、といって乞食ともいえないだろう、勿論職業なんてものは十年この方忘れてしまった。何さまこれで六十の坂はとうに越えているからな。しかし別に働かなくとも食うにこと欠くわけではなし、寝るに寒い思いをするではなし、もっとも汚いといえば、それは俺が食うもの、着るもの、それから寝るところだってあの通り汚いが、なあに物は考えようさ。俺はただ気ままに、食ったり寝たり遊んだり、ごらんのような工合で面白く生きてるというまでのことだ。都会というところは実によくできていて、只《ロハ》で何でもいうことを聞いてくれるからな。だから心配しないで、まあ酒が欲しければ酒……ああ酒は駄目なのか、じゃ煙草なら煙草、何でも好きなものをいうがいい、昨日のようにもらって来てやるから。女が欲しけりゃ女だって――少し急いで行こう、でないと飯に遅れてしまうから」
 老人は歩き歩き、そんなことを寺内氏に答えた。昨夜の無料宿泊所を出て、二人はまだ暗い河岸の通りを歩いているのである。
 急ぎながら、老人は寺内氏に対して、それが驚くべきいろいろな都
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