どこにも明りを見ることはできなかった。空をくぎった黒い影で、氏はその建物の洋館であることだけは悟ることができた。
「もう門が閉まってるからな、俺がちょいとおまじないをして来るまで待っているんだ」
 老人は低声にいって、それから建物の表てと覚しい側へ廻って行った。暗い地上に独り立って、氏が再びこの老人のうえにいろいろな想像をめぐらしたのは勿論《もちろん》である。だが不思議に、今は老人の言動を、何も疑う気になれなかったと氏は話した。
「さあ、入ったらいい。うまくいった」
 闇の中から声がして、思いもかけぬ氏の面前に穴があいた。建物の一つの戸が開かれたのである。
「そこで靴をぬいで、段があるんだから」
 老人の注意がなかったら、その時氏はすぐ前の上がり段に、あるいは向こう脛を打ちつけただろう。まるで胸をつくようなせまい廊下だった。廊下を老人について一曲がりすると、ぽうっと左手の部屋から明りが流れていた。八畳の部屋を二つ、ぶちぬいたと覚しい大きな部屋が、廊下との境いに障子一つなく、氏の眼の前に現われたのである。
 見ると、いるいる、その広い部屋いっぱいに、たった一つの電燈を浴びて、もじり[#「
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