今までにない恐怖に似たものを感じたという。
がまた自分の、今といってどこへ行くべき当てもないことを考えた時、その恐怖に似たものは、いつか知らずうすれていって、やがて流し場へあぐらをかいた氏は、もう老人の背を流したり、老人から背を流されたりしていた。湯屋で借りた手拭《てぬぐい》の汚れも、今はまったく気にかからなかった。
しかしこの時、氏はすでに恐ろしい計画の中へ、老人のために追いやられているのだと誰が知ろう!
湯から出た老人は、一服つけた後独り言のようにいった。
「さてと、今日はお客様があるのだから、本邸より別荘へ行くとするかな」
老人にともなわれて、氏は暗いいくつかの路地をぬけた。両側にはガラス戸のある家などは一軒もなかった。おそらく建て方のいびつなためであろう。閉められた板戸の隅々から、弱い電燈の光がそれ等の家々のつづまやかさを洩《も》らしていた。太陽の下で見ることができたならば、おそらくそこはゴミゴミした、貧しい人達の一区ででもあったに違いない。
やがて二人の達した別荘なるものは、そうした町の一角に相当大きく、そして黝《くろ》くそびえていた。が、とりまわした塀も見えず、
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