いないのだから。
 先ず、第一に被害者と自分との過去の関係だ。それを知っている者なら、誰でもが、未だに自分が、綿々として尽きざる恨みを京子に対して抱いている事を知っている筈だ。
 そして、第二には、今度の犯罪に於ける自分の妙な立場である。
 自分が今度の事件に、こうして偶然かかり合うようになったのは、全く、あの不思議な挑戦状と、それについで起った種々な奇怪な事件に引きずられてきたのに他ならないのだけれど、他からみればそうは思えないかも知れない。自分をよく知っている筈の津村にしてからが、あの挑戦状が、果して、未知の人物から来たものであるかどうかを疑い始めているかも知れないのだ。
 そうだ。今仮りに、自分が京子を殺そうと決心したとする。そして、その場合、嫌疑が自分にかかってくる事を予《あらかじ》め覚悟して、わざとあんな狂言を書いたとしたらどうだろう。挑戦状も自分が書いたものだし、上野公園のあのトンガリ帽の広告撒きも、予め自分が雇っておいたとしたらどうだろう。
 その方が、津村にとっては、自分の話をそのまま信じるよりも自然であるかも知れない。自分は元来探偵小説を書く事を専門としているだけに、
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