さ、とでも云った風なものを感じた。
 部屋には、一|間《けん》の書架が二対飾られ、それには内外の書籍が、美しく肩を並べていた。また洋材の三角な高机や、床の違い棚には、諸種の美術品や参考品が、調和よく置かれていた。
 人間の心境もあるところまで進むと、その全体が、こうも静かになるものであろうかと、彼は、その青年の優しい様子を、一種尊敬の念をもって眺めたのであった。
 食事が済むと、彼は促されて入浴した。人一人を容れるに足る程の湯舟であったが、そこでも亦《また》、彼は、僅かに二人切りの生活に、このセチ辛い都会の中で、殊更に自家用の風呂を所有することの出来る、富裕な青年を羨まずにはいられなかった。
 湯を出ると、部屋は奇麗に取り片付けられ、青磁の火鉢に銀瓶が沸《たぎ》っていた。茶菓が出されていた。
「泊って行ったらいいでしょう?」
 青年は微笑みながら云った。
「いいえ、それでは――」とまでは彼も辞退したが、考えて見れば、帰る、と云い得る自分の家はなかった。彼は自己の分裂を悲しみながらも、青年の好意に頼る他はなかった。
「ね、そうして呉れ給え。その方が僕としても都合がいいんだ、是非、頼み度《
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