。
「済みません、僕は、僕は何も喰っていないのです」
彼は、初めて感謝の念をもって答えた。恥しさもなかった。
「何も喰っていない? じゃあ君、僕の家へ行こうじゃあないか」
友達のような親しさではないか。彼は今日までの貧しさを全部話した。そして自殺する考えではなかったこと、しかし早晩、そうなるような気がする、と率直に付加えた。
「僕も実はねえ」
と、青年は語尾を濁らしたが、やがて何か考え直した様子で、
「何だったら、僕が君の自殺を買えばいいんだ、それが金のことなら――」
と、また後は消えてしまった。
彼はとにかく、青年の好意に甘えることにした。青年は路々、金に困っている若い人々の話を訊いた。そして深い黙考を続けながら歩いた。彼はつとめて虔《つつ》ましく、彼自身や、または同様の運命にあるであろう幾多の青年の、無名の画家の話をした。沈み切った真実を以って、人はパンのみに生くるものにあらず、と云うキリストの言葉が、それ等未成の偉人達には、一番かなしい事実であると云うことを。
だが彼としては、この不可思議な好意を受け入れる以前に何故この一面識もない青年紳士が、かくも異常な時間に、異常
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