い廻った。ぞろぞろと撫でさすって過ぎた。
 静かに線路に下り立った彼は、身を踞《かが》めてレールに耳を当てた。遠い黄泉《よみ》の国からかでもあるように、不思議な濁音が響いて来る。それは美しい韻律をもって、例えば夢のからくりのようにいとも快い刺激を鼓膜に与えた。彼は尻を立てた黒猫のような格好で、忘我の中に、そのまま凝乎《じっ》と蹲《うずくま》っていた。
 音響がひどく烈しく、段々《だんだん》近く聞えて来た。と、
「危い!」
 誰かが彼の肩を掴んで引き戻した。とほとんど同時だった、彼の袂《たもと》のすれすれを、ゴォーッと凄まじい唸りを残して真黒い列車が通り過ぎた。彼の眼には列車の窓の、華かな明りだけが残った。
「危なかったじゃあないか、いったいどうしたんだ?」
 彼を救った人間は、こう云って闇の中で、彼の衣服の泥を払った。彼は別に有難いとも悲しいとも感じなかった。ただ涙が、さんさんと止めどなく溢《こぼ》れ出した。
「まあ煙草でも呑み給え」
 それを無意識に彼は受取った。そしてこの青年が墓地からの同行者であったこと、善良な、富裕な、しかも教育のある人間であることを、彼は涙の中から一度に感じた
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