間を音もなく行く、それは確《たしか》に人間の姿だ。しかも若い男だ。気が付かなかったが、それまで石塔のひとつに腰かけていたに違いない。影はそろそろと歩いて行く。
「飯を食わせろ」
 そう云って飛び付き度《た》いような親しさを彼は感じた。不思議に友人か何かのように考えられた。彼の両足は何と云う意味もなく、相当の間隔を保ったまま、その青年と同じ歩調で同じ方向へ歩いて行った。
 青年は墓場をぬけて、破れ塀に添うた小路を丘陵に向って歩いた。首を垂れて影のように歩いた。
 幾時頃であったろうか、もうあたりはすっかり暗くなってともすれば視界が失われたりするのだった。彼が丘陵と見たのは鉄道の土手であった。○○○○○○○○○○○○○○ものを左下に見た時、彼は、何故か来てはならない処《ところ》へ来たような気がした。そして思わず足を止めた。とその瞬間、何処にどう潜ったのか、彼は青年の姿を見失ってしまったのであった。
 あてどない俄盲目にも似た彼は、突然底知れぬ暗闇の中にとり残されたのだ。独りだ、と感じると、今更のような寒さと共に、かつて知らなかった生々しい恐怖が、しかも奇怪な落着きをもって、彼の皮膚の上を這
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