かな、うむよく来られた、苦しいところをよく来られた、わしはとうから察して居りますじゃ」
 老人の面には、チラと同情の影が通り過ぎた。彼は眼を瞑って云った。
「敏子さんに会わして下さい」
「うむ無理もない、じゃがのう伴田さん、世の中の事はむつかしいもんじゃ、意の如くならんもんじゃ、わしは会わせたいが世間がそうはさせぬ。喃《のお》、此処は此の老人に免じて、一先ず引上げて下さらんか? それも素手とは云わん、無理ではあるが金で辛棒して貰い度いんじゃどうかな?」
 彼にはこの対応が、事実であるとは思えなかった。自身其処にありながら、何かの芝居を見ているような気がした。老人が、金を呉れることだけは解った。
「二百円下さい」
 彼は思い切って云った。顔全体に血の上るのが感じられた。
「いや、よう聞き分けて下された、お礼を申しますじゃ。これで先ずわしの面目も立つと云うもの、では暫く――」
 云い流して室を出たが、老人は直ぐに引返して来た。手には瑞曳《みずひき》をかけた部厚な紙包が持たれていた。
「些少《さしょう》ながら、これに金三百円ありまするじゃ。百円はわしの寸志《すんし》、のお伴田さん、男子は何よ
前へ 次へ
全18ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橋本 五郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング