りも気骨が大切じゃ。小さな事に有為な生涯を誤らないで、折角勉強して下さい」
彼は一度頭を下げると、おずおずと、冷え切った手先にそれを受け取り、以前の女中に案内されて玄関に出た。そしてすすめられる自動車を断り、駈けるような気持で町を電車通りへぬけた。
彼にはおぼろながら、その金子《きんす》の意味が解ったような気がした。何か慌ただしい気持が腹の中で燃えた。あの婆やと二人切りの住居で、使いの安否を気づかいつつあろう青年伴田氏の、寂しい姿が想像された。いかにすべてを与えると約束されたにしろ、彼にはそのまま、何処かへ行ってしまう気にはなれなかった。それが最初からの考えでもあった。
彼は漸《ようや》く、ガランとした郊外電車に身を委すことが出来た。
5
「ところがねえ、僕が伴田氏の家に帰って見ると、君――」
野々村君は、もう声に涙を含め、そこで言葉を途切らしたのだった。
「帰って見ると?」
つり込まれて、私は思わずこう訊き返した。
「――死んでいたんだ、恩人は死んでいたんだ、剃刀で咽喉を切って――。僕は、僕は身も世もなかった、死体に取りすがって埋もれる程泣きたかった――」
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