しい正の日和下駄《ひよりげた》、と云った一分の隙もない装《こしら》えを与えられ、愈々《いよいよ》目的の家に向って、その不思議な使命を果すために、恩人の住居を出発した。
 閑寂から雑沓への、郊外の電車は込まなかった。彼は若い女達の、明かに衣服の美を羨望する、そのひそやかな視線を全身に感じた。だが、そうした女性特有の敏感さも、それ等異性の体臭と共に、今日は彼にも快かった。
 同時に彼は、昨日以来の突然な幸福を、絹物の肌触りの中で、まるでひと事のように考えていた。恩人の使いが何を意味しているのか、何故にかく、一介の自分が不当の財を受け得たのか、それを考え進めることさえも出来なかった。彼はただ、幸福な夢の中に揺られていた。
 電車を乗り換え、乗り捨てると、彼は示された町を訊ねた。そこは山の手の、屋敷の多い通りであった。
 何かあるんだな、と彼が思ったのは、暗い町柄にもかかわらず、かなりの人数が右往左往していることだった。しかもひとところ、煌々《こうこう》と無数に臨時燈をかかげ、その真昼のような明るさの中に、青磁色無地、剣かたばみを大きく染め残した式幕で門前を廻らし、その左右に高張りを立てて、静
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