立て直し給え、ああそれだけ」
 そう云ってしまうと、青年はさも最後の努力で使命を果した、と云った様子で、疲れて沈黙《だま》ってしまった。
「恩田さんに会わせて下さい、急用なんです、伴田からです――」
 彼は口の中で、も一度それ等の言葉を繰返して見た。何のことだか解らなかった。だが彼は、青年を疑う気にはなれなかった。考えれば考える程起る不審を、青年に諮《ただ》す勇気も持合せなかった。彼の正しい感じに依《よ》れば、この恩人はあまりに疲れていた。若《もし》くは虐げられていたようであった。同情を受ける現在にありながら、彼はなお、この富裕な青年に同情を寄せる事が出来たのであった。
 彼は請《こ》われるまま、すべての問題を信の一字に託して、その夜は絹夜具の中に平和な夢を結んだのだった。

     4

 翌晩――午後の九時過ぎであった。
 それまでに入浴、散髪などを強いられ済した彼《かの》野々村君は無理義理やりに、青年の美しい衣服を着せられ、教養ある富裕な青年として、その風采に必要なもの、例えば、正確な型のソフトや、銀の懐中時計や、嫌味のない棒ステッキ、毛皮のトンビに白の繻子《しゅす》足袋、ま新
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