の間、いろいろな感情が浮いては消えた。だが青年が眼を開いた時には、それ等の痛ましい閃きは、皆ひとつの、ある強さに変っていた。
「少し厄介だけれどね、僕がこれから云う言葉を云って貰いたいんだ、何、それ程こみ入った挨拶でもない、いいですかね」
訓導が児童に接するような態度で、青年はその言葉と云うのを唱え始めた。実際、それは唱えると云うのが当っていた。彼は青年のそれにつれて、真面目に、所謂《いわゆる》挨拶の言葉なるものを暗誦して行った。
「最初はね、誰でもいいから家の人に会って、いいですか、恩田《おんだ》さんに会わして下さい、急用なんです、伴田《はんだ》からです」
「恩田さんに会わして下さい、急用なんです、伴田からです」
「その通り、次に、恩田と云う老人に会ったらね、いいですか、敏子《としこ》さんに会わして下さい」
「敏子さんに会わせて下さい」
「そう、もっと怒りっぽく云ってもいい。だが敏子には会えない。そこで老人が、何かきっと体采《ていさい》のいいことを云うからね、その時は君の必要なだけ、百円でも二百円でも呉れと云えばいいんだ、うむ直ぐ呉れるからね、それを貰って、その金で、君は君の生活を
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