告主の姓名に於てだ。××町と云えば、かの墓場と酒場の青年画家、私には親しい友人であるところの、野々村新二《ののむらしんじ》君より他にはない筈《はず》。
とまれ尋常の沙汰ではないぞ、と私が瞬間感じたのは、彼《かの》野々村君の平素と云うのが、こうした青年達のそれとはかけ離れて、至って平々凡々《へいへいぼんぼん》たるものであったからだ。
私はとにかく行って見ることにした。勿論《もちろん》私が、常にもなくそう気軽に腰を上げることの出来たのは、一に友人を思う情の切なるものがあったからだが、そこにはまた、私として、新聞の広告欄にすがらねばならぬ程、それ程みじめな境遇に置かれていたからである。
寒い朝だった。古マントに風を除《よ》けながら、漸《ようや》く私が訪れた時には、もう彼は起きていて、心からこの失業者を歓迎して呉れた。
火鉢にはカンカン火がおこっていたし、鉄瓶の湯は沸々《ふつふつ》と沸《たぎ》っていたのだが、何とはなく、私はこの、僅か二三カ月見なかった友の様子から、一種違った、妙な弱々《よわよわ》しさと云ったものを感じた。痩せていると云うのでもなく、また失望した時のそれとも違う。どう云
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