自殺を買う話
橋本五郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)真面目にして且《かつ》愛嬌あり
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|間《けん》の書架
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(例)[#地付き](一九二七年五月号)
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――妻らしき妻を求む。十八歳以上二十七八歳までの、真面目にして且《かつ》愛嬌あり、常識を有し、一生夫に忠実にして、血統正しく上品なる婦人ならば、貧富を問わず、妻として迎え優遇す。
当方三十一歳、身長五尺三寸、体重十三貫二百匁、強健にして元気旺盛、職業薬業、趣味読書旅行観劇其他、新時代の流行物。禁酒禁煙。将来の目的、都会生活を営み外国取引開始。
保護者の許可を経て、最近の写真、履歴書、本人自筆の趣味希望等、親展書にて申込ありたし――。
そんな広告に微笑しながら、新聞の案内広告を見ていた私は、その雑件と云う条《くだり》に至って、思わず新聞をとり直した。
――自殺買いたし、委細面談。但し善良なる青年のものに限る。××町野々村――。
私が驚いたのは、その要件の奇抜よりも、該広告主の姓名に於てだ。××町と云えば、かの墓場と酒場の青年画家、私には親しい友人であるところの、野々村新二《ののむらしんじ》君より他にはない筈《はず》。
とまれ尋常の沙汰ではないぞ、と私が瞬間感じたのは、彼《かの》野々村君の平素と云うのが、こうした青年達のそれとはかけ離れて、至って平々凡々《へいへいぼんぼん》たるものであったからだ。
私はとにかく行って見ることにした。勿論《もちろん》私が、常にもなくそう気軽に腰を上げることの出来たのは、一に友人を思う情の切なるものがあったからだが、そこにはまた、私として、新聞の広告欄にすがらねばならぬ程、それ程みじめな境遇に置かれていたからである。
寒い朝だった。古マントに風を除《よ》けながら、漸《ようや》く私が訪れた時には、もう彼は起きていて、心からこの失業者を歓迎して呉れた。
火鉢にはカンカン火がおこっていたし、鉄瓶の湯は沸々《ふつふつ》と沸《たぎ》っていたのだが、何とはなく、私はこの、僅か二三カ月見なかった友の様子から、一種違った、妙な弱々《よわよわ》しさと云ったものを感じた。痩せていると云うのでもなく、また失望した時のそれとも違う。どう云
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