って慰めていいか、私には、その正体を見極めることが出来なかった。
「妙な広告をしたじゃあないか」
 私は早速訊ねて見た。
「うむ」
 とそこで野々村君は、急に憂鬱な表情になって、やがて静かに、該広告をするようになったいんねんを話し始めたのである。
 聞けば聞く程痛ましい話だ。私は、友がかく有名になった以前の、その奇怪な哀れな物語に引き込まれて、暫《しばら》くは、私自身の現在をも忘れていた程だった。
 でその話と云うのは、いったい芸術家と呼ばれる者の修行時代は、他から見るように呑気なものではなく、惨苦そのもののような、だから、時にはやり切れないで(勿論それには色々の意味があるが)あたら華かな青春を、猫いらずや噴火口に散らす者もあるのだが、その○○○○○○○○○○○○頃は、文字通りに喰うや喰わずの、カンヴァスも無ければチューブも持たない、至って風雅な生活をしていたのだが、どうかしたはずみに、その喰うや喰わずの生活も出来なくなって終《しまい》にまる一日、何も口にしないような日が続いた、そのある日のこと……。

     2

 風はないが、寒い日の暮方だった。
 彼はさる荒れ寺の、半ば朽ち歪んだお堂の縁に腰を下して柱を背にうつつなく眠っていた彼自身を見出していた。
 このお寺は都会のそれで、庭から直ぐに墓地が拡がり、墓地を低い破れ塀が廻らし、その彼方を夕暮の中に丘陵が連り、丘陵には電柱の頭が見え、そこにはすでに灯が点ぜられていた。丘陵を遠く、町の夜空が、ぼうっとうす明く照り淀んでいた。
 彼の眼は涙を感じた。心は温い家庭を思った。乃至《ないし》は華かな酒場を偲《しの》んだ。あかあかと燃えているストオブや、ゆるやかに香りをたてた紅茶の皿や、暖気に重くなったカーテンの緑色や、談笑や、煙草や、そして一銭の財布も持たぬ彼は、真実よるどころない現在を哀れんだのであった。
 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○の一本も呑むことが出来た。が今日は?
 彼は四回目の空腹に襲われることを考えた。此度《こんど》は最後だと思った。
 彼の脳裡は色んな想念に乱れた。秋の展覧会や、多くの紳士淑女や、かと思うと暗いしるこ屋の一隅や、鉄道の踏切やまた母の顔や見も知らぬ恋びとの姿や、ちぎれちぎれのそれ等の情景は、皆悲しい色彩をもって明滅した。
 とふと、彼の視界を黒い物が動いた。石塔の
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