ふたりの間には、ながい間言葉がなかった。うそ寒いものが部屋に流れた。
「僕への遺書があってね、僕はそれで現在まで勉強することが出来た。今日こうして生活出来るのも、皆伴田氏のお蔭なんだ。それを思うと非常に心苦しいのだが、僕にもまた、伴田氏同様の運命が訪れている――」
流石《さすが》に私も、自殺を買って呉れとは云い得なかった。私は友の身を気づかいながら、永久にその売手の現れないことを祈りながら、若しくはその借用者の、善良な女性の中に現れることを祈りながら、この哀しい友の家を後にしたのであった。
町々には、柔しい冬の陽が解けかけていた。
[#地付き](一九二七年五月号)
底本:「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」光文社文庫、光文社
2000(平成12)年4月20日初版1刷発行
初出:「探偵趣味」
1927(昭和2)年5月号
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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