るのでした。――云わずと知れた、彼は例の神秘的な精神錯乱の発作に捕われたのです。
 実際の話、私がその患者を見て、まず一番最初に感じたのは同情とそれから恐れとでした。が、その次に感じたのは、たしかに学問的な満足だったことを白状します。――私はその患者の脈の状態や性質やを詳しく書きとめ、それから彼のからだの筋肉の剛直性をためしてみたり、またその感受性や反応の度合いをしらべてみたりしました。
 が、これらの諸点の診察では、私がかつて取扱った患者と、特別に違った所は何もありませんでした。そこで私はこうした場合に、患者に亜硝酸アミルを吸入させて、よい結果を得ることを思い出しましたので、この時こそ、その効果をためしてみるのによい時だと考えつきました。ところが、その瓶は折悪しく階下の実験室においてありましたので、私は患者を椅子に腰かけさせたまま残しておいて、それを取りに階下におりたのです。そして、そうですね、せいぜい五分、――その瓶をさがすのに手間どれたのですが、すぐいそいで診察室に引返しました。――ところがどうです、そのひま[#「ひま」に傍点]に患者は私の診察室からどこかへ出ていっちまって、室の
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