船員らはみな機嫌をよくしている。もし危険区域脱出の機会が見えたらば、少しの猶予《ゆうよ》もないようにと、機関室には蒸気が保たれて、出発の用意が整っている。
 船長はまだ例の「死」の相《そう》から離れないが、元気は旺溢《おういつ》している。こう突然に愉快そうになったので、私はさきに彼が陰気であった時よりも更に面喰らった。わたしには到底《とうてい》これを諒解することが出来ない。私はこの日誌の初めの方にそれを挙げたと思うが、船長の奇癖のうちに、彼はけっして他人を自分の部屋へ入れないことがある。現に今もなおそれを実行しているのであるが、彼は自身で寝床を始末し、ほかの船員らにもこれを実行させている。ところが、驚いたことには、きょうその部屋の鍵をわたしに渡して、その船室へ降りて行って、彼が正午の太陽の高度を測っている間、船長の時計で時間《タイム》を取るようにと私に命令したのであった。
 部屋は洗面台と数冊の書籍とをそなえた飾り気のない小さい室《へや》である。壁にかけられた若干《じゃっかん》の絵のほかには、ほとんど何の装飾もない。それらの多くは油絵まがいの安っぽい石版画であるが、ただ一つわたしの注意
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