暴な黒い眼は著るしく私を驚かしたが、その眼のうちにはまた深いやさしさも籠《こも》っていた。
「おい、ドクトル」と、彼は言い出した。「わしは実際、いつも君を連れて来るのが気の毒でならない。ダンディ埠頭《クエイ》にはもうおそらく帰れぬだろうなあ。今度という今度は、いよいよ一《いち》か八《ばち》かだ。われわれの北の方には鯨がいたのだ。わしは檣頭《マストヘッド》から汐《しお》を噴《ふ》いている鯨のやつらをちゃんと見たのだから、君がいかに頭《かぶり》を横にふっても、そりゃあ駄目だ」
 わたしは別にそれを疑うような様子は少しも見せなかったつもりであったが、彼は突然に怒りが勃発したかのように、こう叫んだ。
「わしも男だ。二十二秒間に二十二頭の鯨! しかも鬚《ひげ》の十フィート以上もある大きい奴をな!(捕鯨者仲間では鯨を体の長さで計らず、その鬚の長さで計るのである)
 さて、ドクトル。君はわしとわしの運命とのあいだに多寡《たか》が氷ぐらいの邪魔物があるからといって、わしがこの国を去られると思うかね。もし、あしたにも北風が吹こうものなら、われわれは獲物を満載して結氷前に帰るのだ。が、南風《みなみ》が吹い
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