とその美しいフォームを立ててゆく若い美しい女性、一方はハンドルの上に低く身体をこごめて、これを追っかけてゆく、――何かしら意味のありそうな、好奇心をそそらせる一場の活劇場の光景であった。彼の女は途中で振り返って、その男を見ながら、速力をゆるめた。そうするとその男もやはり速力をゆるめた。彼の女はピタリと止まった。その男もすぐに止まって、二百|碼《ヤード》ばかりの間隔を保った。その次の彼の女の行動は、全く思いも設けぬ敏《すば》しっこさであった。彼の女はクルリっと自転車をまわすと、一目散にその男の方に突進して行った。しかしこれを見たその男もまた、彼の女以上に駿敏であった。やはり自転車を返して、死に物狂いの全速力で遁げ出した。今は彼の女もまた引き返した。そして意気揚々と、自転車の上に反り返って、もう唖の従者には、一瞥も与えぬと云うように、昂然としてまた道を行くのであった。そうするとまたその男も引き返して、やはり二百|碼《ヤード》ばかりの間隔で、二人の姿はその先の曲り角から、私には見えなくなってしまった。
 それからなお私は、その隠れ場にひそんでいたが、それはとてもいいことであった。その中《うち》に例の男は、ゆるやかに踏みながら、また自転車で引き返して来たのであった。それからその者は廃院の門から入って、自転車から降りた。ちょっとの間その者は立っていたが、それはネクタイを結び直しているのらしかった。それからまた自転車に乗って、廃院の方に進んで行った。私は荒蕪地を走り抜けて、木の間を通してそれを覗いた。はるか遠くに私は、チュードル[#「チュードル」は底本では「チスードル」]風の煙突の屹立している、古い灰色の建物をチラチラと見たが、しかしその自転車乗りの姿は、濃い灌木の蔭になってしまって、もう見ることは出来なかった。
 けれども私は、とてもいい朝の仕事を、一つ仕終ったと思って、意気揚々として、ファーナムの停車場に引き返した。この地方の建物の差配人は、チューリントン廃院のことについては、何も語ってはくれず、私にポール遊園地の、よく知られている、組合管理所を教えてくれた。それで私は帰り道に、序《ついで》に立ち寄ったのであったが、そこの管理人は、非常に鄭重に応対してくれた。そのチューリントン廃院と云うのは、この夏はもう契約ずみであった。私はもうおそかった。一ヶ月ばかり前に、貸付の契約は出
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