の戸を閉めた。
その家の中は漆のように暗かったが、私はすぐに空家であると気がついた。床板はギシギシときしみ、壁からは紙片《かみくず》が、リボンのように垂れ下っているのが手に触った。ホームズはその冷い痩せた指を私の手首にまいて、天井の高い下をぐんぐん進む、私は朧《おぼろ》にドーアの上に、欄間窓を見止めた。ここでホームズは右に曲り、我々は四角な大きな室に来た。角々《すみずみ》は暗黒に翳り、ただ中央だけが往来からの余光でかすかに明るい。近くにはランプも無く、また窓は埃が厚く積っているので、我々はただお互にその輪廓を見止め得るだけであった。彼は私の肩に手をかけて、唇を耳元に持って来た。そして囁いた。
「どこに来たかわかるかね?」
「確にベーカー街だろう」
私は暗い窓を通して外の方を見つめながら答えた。
「そうだ。俺たちは俺たちの古巣の向いの、カムデンハウスに居るのだ」
「しかしどうしてこんな処に来たのだ?」
私は訊ねざるを得なかった。
「うむ? それはあの絵のような建物を、一眸《いちぼう》の中に収めようと云うためさ。ワトソン君まあ御苦労でも、もう少し窓の方に寄って、あのお馴染の室を仰いで
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