かったものであったが、――とても信を置かれるものではなかった。彼は私が彼の喪失に対して、ひどく悲歎していたことを何からか察知して、それに対する衷情は、彼の言葉よりも、その態度の上によく現われた。
「ワトソン君、仕事は悲哀に対する、最善の解毒剤だよ」
彼は更に言葉をさしはさんだ。
「ここに我々にとっての小さな仕事があるんだがね。もしこれがうまくゆけば、一人の全く疑惑の中にある生活を、明るみに暴《さら》け出してみせることが出来ると云うものだよ」
私は更にこの先をきこうとしたが、しかし彼はもう云ってはくれなかった。
「それは朝までには、何もかもよくわかるよ。さあ吾々にはまだ過去の三年間の積る物語りがある。九時半まで大に語り合って、さてそれからいよいよ、特筆すべき空家の大冒険と出かけようではないか」
彼はおもむろにこう答えた。
さてその九時半が来たので、私はかつてよくやったように、馬車の中に彼と隣り合って坐った。ポケットの中には拳銃《ピストル》が秘められ、私の胸は無暗にわくわくと慄《ふる》えた。ホームズはと見れば、冷静に粛然と黙している。街灯の光で見える彼の厳粛な面影、――沈思に耽って
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