たら、あるいはそれに伝って上ることも出来るかもしれないと思われる、水管と云ったようなものさえも無かった。私はいよいよ考察に窮してケンシントンの方に足を向け直した。そして私が書斎に入って、五分も経つか経たない中に、女中が面会人があると云って来たのであった。
その来客と云うのは、誰あろう、――私も驚いたことには、私がまだ慇懃を通じない、先の珍本蒐集家で、鋭い凋《くぼ》んだ顔が、白髪の中から覗き出て、右腕には少なくとも一|打《ダース》はあろうと思われるほどの、貴重な書籍をかかえていた。
「いや、私に推参されて、吃驚なされたでしょう」
その老人は、全くききなれない嗄《しわが》れた声で云って来た。
私は、全くその通りと答えた。
「いや、全く御無理もありません。ところがこう見えても私にも、良心と云うものがあります。私はあなたがこのお家にお入りになるのを見たので、跛《びっこ》を引きながら、あなたの後を追っかけて伺った次第です。と云うのは、先きほどの御親切な紳士に親しくお目にかかって、さっきの私の態度に、もし乱暴すぎたと思召されたところがあるなら、それは決して何も悪意のあったわけではなかったことを申し上げて、またその上に、わざわざ本までも拾って下さった御親切に、お礼を申そうと思ってのことですよ」
「いや、それはあんまり御叮嚀すぎますな、しかし失礼ですがあなたは、どうして私を御存じなのでした?」
私は訊ねた。
「御尤もです、いや、実はその、――私は、御宅の御近所の者です。あの教会の通りの角に、小さな本屋のあるのを御存じなされますか、――あれが私の貧弱な店ですが、どうぞお訊ね下されば光栄の至りです。それでよく合点のゆかれたことと思いますが、さて、ここに、「英国の禽鳥界」「カツラス」(訳者註、紀元直前頃のローマの大詩人)「宗教戦争」と云う本がございますが、これはいずれもなかなかの掘り出しものです。あの本棚の第二段目の空所《すき》は、せいぜい五六冊もあれば、きちんと埋まりますが、いかがですか? あの空所《すき》は何ですか不体裁でございますよ」
私はこう云われて、頭をめぐらして、後の本棚を見た。そしてまた振り返ると、机の向うから、シャーロック・ホームズが、微笑しながらこっちを向いて立っている。私はすっくと立ち上った。そして数秒間の間、私は、混乱するような驚愕と共に、彼を見つめた。そ
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