には贋物の蝿を入れとくくらいのことは、商売の常識だからね。――しかしそれはそれとしといて、今来た男はよほど気が顛到《てんとう》していたに違いないな。何しろ大切にしていたに違いないパイプをおき忘れてくくらいなんだから……」
「君にはどうしてそのパイプを大切にしてたってことが分るんだい?」
 と、私はきいた。
「そりゃ分るよ。そのパイプは買った時は七シルリングくらいしたろう。けれど君にも分るようにそれから二度修繕してあるね。一度は木の所を、一度は琥珀の所を。――しかもホラご覧の通り両方とも銀で修繕してあるだろう。だからパイプの値段は買った時より遥かに高くなっているよ。それに人間って奴は、同じ金を払って新しいものを買うより、むしろ修繕したりなんかしたパイプのほうをずっと大切にするものだからね」
「それから?」
 と、私はつづけてきいた。ホームズはそのパイプを手の中でいじくりながら、彼独特の考え深そうな目つきでじっと見詰めていた。がやがてそれをつまみ上げると、ちょうど何かの骨について講議をしている大学の教授がよくやるように、細長い食指《しょくし》でその上を軽くたたいて、言葉を続けた。
「パイプ
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