神経性虚脱だ。――一日中昏睡状態なんだ。とてももうだめだろうと思ってるんだ」
僕は、ワトソン、君も想像してくれるだろうが、この思いがけない話をきいて、全く驚いちまったよ。
「一体何が原因なんだい?」
僕はきいた。
「ああ、問題はそれなんだよ。――まあ、乗りたまえ。馬車の中で話せるから。――ホウ、君は、君が帰る前の日の夕方、やって来た男を覚えているだろう?」
「ああ、覚えている」
「あの日、僕たちの家に入れてやったあの男を、君は何ものだと思うね?」
「分からないね」
「彼奴《かやつ》は悪魔なんだよ、ホームズ」
彼は叫んだ。
僕は驚いて彼を見詰めた。
「そうなんだ。――彼奴《かやつ》は悪魔そのものなんだ。あれ以来と云うもの、僕たちはただの一日だって、平和だったことはありアしないんだ。親じはあの夕方以来、頭を上げたことがないんだ。そして今や、命をなくそうとしている。親じの心はこの呪うべきハドソンのおかげですっかり滅茶々々になってしまったんだ」
「どんな力を彼奴《かやつ》は持ってるんだろう?」
「それこそ、僕が知りたいと思ってることなんだよ。――ああ、あの親切な、情深い、人のよかった老いた親じ。――一体、どうしてあの親じが、あんな無頼漢につかまったんだろう? ――だが、僕は君が来てくれたので本当に嬉しいよ。ホームズ。――僕は君の判断と分別とに絶対信頼しているんだ。そして君は僕に、きっと一番いい方法を教えてくれるだろうと信じているんだよ」
僕たちは滑らかな白い田舎道を走っていった。僕たちの前には、広い川の長々と延びた流れを越して、沈みかかった太陽の赤い光りが輝いていた。僕たちの左手《ゆんで》にある森の上には、もう大地主であるトレヴォの家の高い煙突と旗竿とが見えていた。
「僕の父親は奴を庭番にしたんだよ」
と友達は云った。
「だが奴《やっこ》さんそれでは満足しなかったので、賄方《まかないがた》に出世させてもらったんだ。まるで家の中は彼奴《かやつ》の思うように左右されてるようなものなんだ。彼奴《かやつ》は家の中をぶらぶら歩き廻って、何でも自分勝手な事をしてしまうんだよ、女中たちは彼奴《かやつ》の酔っ払らいと乱暴な言葉使いに腹を立ててブツブツ云う。親じは仕方なしに、その不平を押えるためにみんなの月給を上げてやると云う始末なのだ。それなのに奴さんは、ボートを引っぱり出し、
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