なさった方がいい。」
「そんならそうと言って下さればいいのに、」と相手はちょっと不機嫌な様子で答えた。「しかし、僕は学者的にと言ってもいいくらいに正確に話したのです。そいつは鍵を持っていました。それどころか、今でも持っていますよ。一週間とたたない前、彼がそれを使っているのを僕は見たのです。」
アッタスン氏は深い溜息をついたが、一言もいわなかった。すると若者の方がつづけてまた言いだした。「何も言うものではないという教訓をまた一つ得ましたよ、」と彼は言った。「自分のおしゃべりが恥ずかしくなりました。このことはもう二度とは触れないという約束をしようじゃありませんか。」
「よろしいとも、」と弁護士は言った。「約束しよう、リチャード。」
ハイド氏の捜索
その晩、アッタスン氏は暗い気分で自分のひとり住居へ帰って来て、食欲もなしに夕食の卓についた。いつも日曜などには、食事がすむと、炉の傍らに腰を下ろして、何か難かしい神学の書物を一冊机の上にのせて読み、近くの教会の時計が十二時を打つと、厳粛に感謝して床につくのが、習慣であった。しかし、この夜の彼は、食卓がかたづけられると直ぐ、蝋燭を取り上げて、自分の事務室へ入って行った。そこで金庫を開けて、その一番奥から、封筒にジーキル博士遺言書と書いてある書類を取り出すと、眉をくもらせながら腰を下ろしてその内容を熟読した。遺言書は全文のすべてが本人自筆のものであった。というのは、アッタスン氏は、出来上ったそれを保管してはいるけれども、それを作るには少しの助力をも拒んだからである。その遺言書は、医学博士、民法学博士、法学博士、王立科学協会会員等なるヘンリー・ジーキル死亡の場合には、彼の一切の所有財産は、彼の「友人にして恩人なるエドワード・ハイド」の手に渡るべきことを規定しているばかりではなく、ジーキル博士の「三カ月以上に亙る失踪、または理由不明の不在」の場合には、前記エドワード・ハイドは直ちに前記ヘンリー・ジーキルの跡をつぎ、博士の家人に少額の支払いをする以外には何らの負担も義務も負わなくともよいことを規定していた。この証書はこれまで永い間、弁護士の不愉快のたねであった。それは、弁護士として、また人生の穏健な慣習的な方面の愛好者としての彼を不快にさせたのであった。彼にとっては突飛なことは不心得なことであった。しかし、今までは、彼
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