十一
斧《をの》も鑿《のみ》も忘《わす》れたものが、木曾《きそ》、碓氷《うすひ》、寐覚《ねざめ》の床《とこ》も、旅《たび》だか家《うち》だか差別《さべつ》は無《な》い気《き》で、何《なん》の此《こ》の山《やま》や谷《たに》を、神聖《しんせい》な技芸《ぎげい》の天《てん》、芸術《げいじゆつ》の地《ち》と思《おも》はう。
来《き》て見《み》ぬ内《うち》こそ、峯《みね》は雲《くも》に、谷《たに》は霞《かすみ》に、長《とこしへ》に封《ふう》ぜられて、自分等《じぶんら》、芸術《げいじゆつ》の神《かみ》に渇仰《かつがう》するものが、精進《しやうじん》の鷲《わし》の翼《つばさ》に乗《の》らないでは、杣《そま》山伏《やまぶし》も分入《わけい》る事《こと》は出来《でき》ぬであらう。流《ながれ》には斧《をの》の響《ひゞき》、木《き》の葉《は》には鑿《のみ》の音《おと》、白《しろ》い蝙蝠《かはほり》、赤《あか》い雀《すゞめ》が、麓《ふもと》の里《さと》を彩《いろど》つて、辻堂《つじだう》の中《うち》などは霞《かすみ》が掛《かゝ》つて、花《はな》の彫物《ほりもの》をして居《ゐ》やうと
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