まで、信《しん》じて居《ゐ》たのが、恋《こひ》しい婦《をんな》と一所《いつしよ》に来《き》たゝめ、峯《みね》が雲《くも》に日《ひ》を刻《きざ》み、水《みづ》が谷《たに》に月《つき》を鑿《ほ》つた、大彫刻《だいてうこく》を眺《なが》めても、婦《をんな》が挿《さし》た笄《かんざし》ほども目《め》に着《つ》かないで、温泉宿《をんせんやど》へ泊《とま》つた翌日《よくじつ》、以前《もと》ならば何《なに》よりも前《さき》に、しか/″\の堂《だう》はないか、其《それ》らしい堂守《だうもり》は居《ゐ》まいか、と父《ちゝ》が以前《いぜん》持帰《もちかへ》つた、其《そ》の神秘《しんぴ》な木像《もくざう》の跡《あと》の、心当《こゝろあた》りを捜《さが》す処《ところ》、――気《き》にも掛《か》けないまで忘《わす》れて了《しま》つて、温泉宿《をんせんやど》の亭主《ていしゆ》を呼《よ》んで、先《ま》づ尋《たづ》ねたのが、世《よ》に伝《つた》へた双六谷《すごろくだに》の事《こと》だつた。
「老爺《おぢい》さん。」
と雪枝《ゆきえ》は嗟歎《さたん》して言《い》つた。
 温泉《いでゆ》の町《まち》の、谿流《けいりう》に
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