》の焼出《やけだ》したのは、主《ぬし》が見《み》さしつた通《とほ》りでがす。――其《そ》の妾《めかけ》と言《い》ふのが、祖父殿《おんぢいどん》の許嫁《いひなづけ》で有《あ》つたとも言《い》へば、馴染《なじみ》だとも風説《うはさ》したゞね。
 処《ところ》で、綾錦《あやにしき》へ燃《も》えつく時《とき》、祖父殿《おんぢいどん》が手《て》を挙《あ》げて、
『飛込《とびこ》め、助《たす》かる。』
と我鳴《がな》らしつけが、お妾《めかけ》は慌《あは》てもせず、珠《たま》の簪《かんざし》を抜《ぬ》くと、舷《ふなばた》から水中《すゐちう》へ投込《なげこ》んで、颯《さつ》と髪《かみ》の毛《け》を捌《さば》いたと思《おも》へ。……胴《どう》の間《ま》へ突伏《つゝぷ》して動《うご》かぬだ。
 裸《はだか》で飛込《とびこ》んだ、侍方《さむらひがた》、船《ふね》に寄《よ》りは寄《よ》つたれども、燃《も》え立《た》つ炎《ほのほ》で手《て》が出《だ》せぬ。漸《やつ》との思《おも》ひで船《ふね》を引《ひつ》くら返《かへ》した時分《じぶん》には、緋鯉《ひごひ》のやうに沈《しづ》んだげな。――これだもの、お前様《めえ
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