》ふなら、自分《じぶん》に其《それ》を女房《にようぼう》のかはりにして、断念《あきら》めるが分別《ふんべつ》の為処《しどころ》だ。見事《みごと》だ、美《うつくし》いと敵手《あひて》を強《し》ゆるは、其方《そつち》の無理《むり》ぢや、分《わか》つたか。』
と衝《つ》と指《ゆび》を上《あ》げて雲《くも》を指《さ》した。
『天守《てんしゆ》の主人《あるじ》の言托《ことづけ》は此《こ》の通《とほ》り。更《あらた》めて其《そ》の印《しるし》を見《み》せう、……前刻《さきに》も申《まを》した、鮫膚《さめはだ》の縮毛《ちゞれけ》の、醜《みにく》い汚《きたな》い、木像《もくざう》を、仔細《しさい》ありげに装《よそほ》ふた、心根《こゝろね》のほどの苦々《にが/\》しさに、へし折《を》つて捻切《ねぢき》つた、女《をんな》の片腕《かたうで》、今《いま》返《かへ》すわ、受取《うけと》れ。』
と法衣《ころも》の破目《やぶれめ》を潜《くゞ》らす如《ごと》く、懐《ふところ》から抜《ぬ》いて、ポーンと投出《なげだ》す。
途端《とたん》に又《また》指《ゆび》を立《た》てつゝ、足《あし》を一巾《ひとはゞ》、坊主《ばうず》が退《さが》つた。孰《いづれ》も首垂《うなだ》れた二人《ふたり》の中《なか》へ、草《くさ》に甲《かう》をつけて、あはれや、其《それ》でも媚《なまめ》かしい、優《やさ》しい腕《かひな》が仰向《あふむ》けに落《お》ちた。
雪枝《ゆきえ》は唯《たゞ》肩《かた》を抱《いだ》いて身《み》を絞《しぼ》つた。
老爺《ぢい》は、さすがに、まだ気丈《きじやう》で、対手《あひて》が然《さ》までに、口汚《くちぎたな》く詈《ののし》り嘲《あざ》ける、新弟子《しんでし》の作《さく》の如何《いか》なるかを、はじめて目前《まのあたり》験《ため》すらしく、横《よこ》に取《と》つて熟《じつ》と見《み》て、弱《よわ》つたと言《い》ふ顰《ひそ》み方《かた》で、少時《しばらく》ものも言《い》はなんだ。薄《うす》うは成《な》つたが、失《う》せ果《は》てない、底光《そこひかり》のする目《め》を細《ほそ》うして、
『いや、御出家《ごしゆつけ》。』
と調子《てうし》を変《か》へて……
『虫《むし》の居所《ゐどころ》で赫《くわつ》とも為《し》たがの、考《かんが》えて見《み》れば、お前様《めえさま》は、唯《たゞ》言托《ことづけ》を頼《たの》まれたばかりの事《こと》よ。何《なに》も喰《く》つて懸《かゝ》るには当《あた》らなんだか。……又《また》お前様《めえさま》とても何《なに》もこれ、此《こ》の少《わか》い人《ひと》に怨《うらみ》も恩《おん》も報《むくひ》もあらつしやる次第《しだい》でねえ。……処《ところ》でものは相談《さうだん》ぢやが、何《なん》とかして、其《そ》の奥様《おくさま》を助《たす》けると言《い》ふ工夫《くふう》はねえだか、のう、御坊《ごばう》、人助《ひとだす》けは此方《こなた》の勤《つとめ》ぢや、一《ひと》つ折入《をりい》つて頼《たの》むだで、勘考《かんかう》してくらつせえ。』とがらりと出直《でなほ》る。
四十二
これを聞《き》くと、然《さ》もあらむ、と言《い》ふ面色《おもゝち》した坊主《ばうず》の気色《きしよく》やゝ和《やわ》らいで、
『然《さ》れば、然《さ》う言《い》はれると私《わし》も弱《よわ》る。天守《てんしゆ》からは、よく捌《さば》け、最早《もは》や婦《をんな》を思《おも》ひ切《き》るやう少《わか》い人《ひと》を悟《さと》せとある……御身達《おみたち》は生命《いのち》に代《か》へても取戻《とりもど》したいと断《た》つて言《い》ふ。
で、其《それ》を取戻《とりもど》す唯一《たゞひと》つの手段《てだて》と言《い》ふのが、償《つくな》ひの像《ざう》を作《つく》るにある、其《そ》の像《ざう》が、御身《おみ》たちに、』
『えゝ、えゝ、最《も》う、能《よ》う分《わか》つた。何《なん》ぼ私《わし》が顱巻《はちまき》しても、血《ち》の通《かよ》ふ、暖《あたゝか》い彫刻物《ほりもの》は覚束《おぼつか》ないで、……何《なん》とか別《べつ》の工夫《くふう》を頼《たの》むだ、最《も》う此《こ》なものは、』と手《て》にした腕《かひな》を、思切《おもひき》つたしるしに、擲《たゝきつ》けやうとして揮上《ふりあ》げた、……其《そ》の拳《こぶし》を漏《も》れて、ころ/\と采《さい》が溢《こぼ》れて。一《いち》か六《ろく》か、草《くさ》の中《なか》に、ぽつりと蟋蟀《こほろぎ》の目《め》に留《とま》んぬ。
三人《さんにん》が熟《じつ》と視《なが》めた。
坊主《ばうず》が先《ま》づ、
『老爺《おやぢ》……』と心《こゝろ》ありげに呼《よ》んだ。
『はあ、是《これ》ぢや、』
と采《さ
前へ
次へ
全71ページ中62ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング