ういつき》の怨霊《おんりやう》か、と思《おも》ひ附《つ》く。其《そ》の莚旗《むしろはた》を挙《あ》げたのが此《こ》の祠《ほこら》であらうも知《し》れぬ。――が、何《なに》を求《もと》むる? 其《そ》の意《い》を得《え》ない。熟《じつ》と瞻《みつむ》れば、右《みぎ》から左《ひだり》から階《きざはし》の前《まへ》へ、ぞろ/\と寄《よ》つた……簑《みの》の摺合《すれあ》ふ音《おと》して、
『うけとろ、』
『受《う》け取《と》らう。』
『おねんご受取《うけと》ろ。』と言《い》ふのが、何処《どこ》から出《で》る声《こゑ》か、一本竹《いつぽんだけ》で立《た》つた地《ち》の中《なか》から、ぶる/\湧出《わきだ》す。
『おゝ、』
と思《おも》はず合点《がつてん》した。
『人形《にんぎやう》か、此《こ》の彫像《てうざう》を受《う》け取《と》らうと言《い》ふのか?』
中《なか》にも笠《かさ》ある案山子《かゝし》の頷《うなづ》くのが、ぱく/\動《うご》く。其《それ》は途中《とちゆう》からの馴染《なじみ》らしい。
『おゝさう、おぶおう、おぶさう。』と野良《のら》な音《おん》。恰《あたか》も、おゝ、然《さ》う負《おぶ》はう、負《おぶ》され、と云《い》ふが如《ごと》し。
『可《よし》、可《よし》、』
で、衣服《きもの》を被《か》け、彫像《てうざう》を抱《いだ》いたなり、狐格子《きつねがうし》を更《あらた》めて開《ひら》いて立出《たちいで》たつる、
『おい、案山子《かゝし》ども、』
と真面目《まじめ》に遣《や》つた。今《いま》思《おも》へば、……言《い》ふまでも無《な》く何《ど》うかして居《ゐ》る。
『御苦労《ごくらう》、御厚意《ごかうい》は受取《うけと》つたが、己《おれ》の刻《きざ》んだ此《こ》の婦《をんな》は活《い》きとるぞ。貴様《きさま》たちに持運《もちはこ》ばれては血《ち》の道《みち》を起《おこ》さう、自分《じぶん》でおんぶだ。』
と高笑《たかわら》ひをして、其処《そこ》で肩《かた》の上《うへ》に揺上《ゆすりあ》げた。抱《だ》いても腕《うで》に乗《の》つたのに……と肩越《かたごし》に見上《みあ》げた時《とき》、天井《てんじやう》の蔭《かげ》に髪《かみ》も黒《くろ》く上《うへ》から覗込《のぞきこ》むやうに見《み》えたので、歴然《あり/\》と、自分《じぶん》が彫刻師《てうこくし》に成《な》つた幼《おさな》い時《とき》の運命《うんめい》が、形《かたち》に出《で》て顕《あら》はれた……雨《あめ》も此《こ》の朧夜《おぼろよ》を、細《ほそ》く微《かすか》な雪《ゆき》のやうに白《しろ》く野山《のやま》に降懸《ふりかゝ》つた。
『出懸《でか》けるぞ、案内《あんない》するか、続《つゞ》いて来《く》るか。』
案山子《かゝし》どもは藁《わら》の乱《みだ》れた煙《けむり》の如《ごと》く、前後《あとさき》にふら/\附添《つきそ》ふ。……而《そ》して祠《ほこら》の樹立《こだち》を出離《ではな》れる時分《じぶん》から、希有《けう》な一行《いつかう》の間《あひだ》に、二《ふた》ツ三《み》ツ灯《あかり》が点《つ》いたが、光《ひかり》が有《あ》りとも見《み》えず、ものを映《うつ》さぬでも無《な》い。たとへば月《つき》の其《そ》の本尊《ほんぞん》が霞《かす》んで了《しま》つて、田毎《たごと》に宿《やど》る影《かげ》ばかり、縦《たて》に雨《あめ》の中《なか》へふつと映《うつ》る、宵《よひ》に見《み》た土器色《かはらけいろ》の月《つき》が幾《いく》つにも成《な》つて出《で》たらしい。
其《それ》が案山子《かゝし》どもの行《ゆ》く方《はう》へ、進《すゝ》めば進《すゝ》み、移《うつ》れば移《うつ》り、路《みち》を曲《まが》る時《とき》なぞは、スイと前《まへ》へ飛《と》んで、一寸《ちよいと》停《と》まつて、土器色《かはらけいろ》を赫《くわつ》として待《ま》つ。ともすれば曇《くも》ることもあつた。此《こ》の灯《ひ》はひく/\呼吸《いき》を吐《つ》く、と見《み》えた。
低《ひく》い藁屋《わらや》が二三軒《にさんげん》、煙出《けむだ》しの口《くち》も開《あ》かず、目《め》もなしに、暗《やみ》から潜出《もぐりだ》した獣《けもの》のやうに蹲《つくば》つて、寂《しん》と寝《ね》て居《ゐ》る前《まへ》を通《とほ》つた時《とき》。
『ばツさ、ばツさ。』
簑《みの》を鳴《な》らしたのではない。案山子《かゝし》の一《ひと》つが、最《も》う耳《みゝ》に馴《な》れて遠慮《ゑんりよ》のない口《くち》を開《あ》けた。
『ばつさよ、ばつさよ。』
『コーコー、来《こ》ーい、来《こ》い。』
と最一《もひと》つ※[#「口+堯」、152−15]舌《しやべ》つた。
ばさりと言《い》ふのが、ばさりと聞《き》こえて、ばさりと
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