鳴《な》つて、其《そ》の藁屋《わらや》の廂《ひさし》から、畷《なはて》へばさりと落《お》ちたものがある、続《つゞ》いて又《また》一《ひと》つばさりとお出《で》やる。
鳥《とり》か獣《けもの》か、こゝにバサリと名《な》づくるものが住《す》んで、案山子《かゝし》に呼出《よびだ》されたのであらう、と思《おも》つたが、やがて其《それ》が二《ふた》つが並《なら》んで、真直《まつすぐ》にひよいと立《た》つ、と左右《さいう》へ倒《たふ》れざまに、又《また》ばさりと言つた。が、名《な》ではない。ばさりと称《とな》へたは其《そ》の音《おと》で、正体《しやうたい》は二本《にほん》の番傘《ばんがさ》、ト蛇《じや》の目《め》に開《ひら》いたは可《いゝ》が、古御所《ふるごしよ》の簾《すだれ》めいて、ばら/\に裂《さ》けて居《ゐ》る。
三十四
唯《と》見《み》ると、両方《りやうはう》から柄《え》を合《あ》はせて、しつくり組《く》むだ。其《そ》の破《やぶ》れ傘《がさ》が輪《わ》に成《な》つて、畷《なはて》をぐる/\と廻《まは》つて丁《ちやう》と留《と》まる。
案山子《かゝし》が三《み》ツ四《よ》ツ、ふら/\と取巻《とりま》いて、
『乗《の》つされ。』
『お人形《にんぎやう》、乗《の》つせえ。』と言《い》ふ。
『はゝあ、載《の》せろ、と言《い》ふのか、面白《おもしろ》い。』
案《あん》ずるに、此《こ》の車《くるま》を以《も》つて、我《わ》が作品《さくひん》を礼《れい》するのであらう。其《そ》の厚志《かうし》、敢《あへ》て、輿《こし》と駕籠《かご》と破《やぶ》れ傘《がさ》とを択《えら》ばぬ。其処《そこ》で彫像《てうざう》の脇《わき》を抱《だ》いて、傘《からかさ》の柄《え》に腰《こし》を据《す》えると、不思議《ふしぎ》や、裾《すそ》も開《ひら》かず、肩《かた》も反《そ》らず……膠《にかは》で着《つ》けたやうに整然《ちやん》と乗《の》つた、同時《どうじ》にくる/\と傘《からかさ》が廻《まは》つて、さつさと行《ゆ》く……
やがて温泉《いでゆ》の宿《やど》を前途《ゆくて》に望《のぞ》んで、傍《かたはら》に谿河《たにがは》の、恰《あたか》も銀河《ぎんが》の砕《くだ》けて山《やま》を貫《つらぬ》くが如《ごと》きを見《み》た時《とき》、傘《からかさ》の輪《わ》は流《ながれ》に逆《さから》ひ、疾《と》く水車《みづぐるま》の如《ごと》くに廻転《くわいてん》して、水《みづ》は宛然《さながら》其《そ》の破《やぶ》れ目《め》を走《はし》り抜《ぬ》けて、斜《なゝ》めに黄色《きいろ》な雪《ゆき》が散《ち》つた。や、何《ど》うも案山子《かゝし》の飛《と》ぶこと、ひよろつく事《こと》!
此《これ》を見《み》よ、人々《ひと/″\》。――
で、月《つき》が三《み》ツ四《よ》ツ出《で》て路《みち》を照《て》らすのも、案山子《かゝし》が飛《と》ぶのも、傘《からかさ》の車《くるま》も、其《そ》の車《くるま》に、と反身《そりみ》で、斜《しや》に構《かま》へて乗《の》つた像《ざう》の活《い》けるが如《ごと》きも、一切《すべて》自分《じぶん》の神通力《じんつうりき》の如《ごと》くに感《かん》じて、寝静《ねしづ》まつた宿屋《やどや》の方《はう》へ拳《こぶし》を突出《つきだ》して呵々《から/\》と笑《わら》つた。
『此《これ》を見《み》よ、人々《ひと/″\》。』
其時《そのとき》車《くるま》を真中《まんなか》に、案山子《かゝし》の列《れつ》は橋《はし》にかゝつた。……瀬《せ》の音《おと》を横切《よこぎ》つて、竹《たけ》の脚《あし》を、蹌踉《よろ》めく癖《くせ》に、小賢《こざか》しくも案山子《かゝし》の同勢《どうぜい》橋板《はしいた》を、どゞろ/\とゞろと鳴《な》らす。
『寝《ね》て居《ゐ》るに騒《さわ》がしい。』
と欄干《らんかん》が声《こゑ》を懸《か》けた。
『あゝ、気《き》の毒《どく》だ。』
とうつかり人間《にんげん》の雪枝《ゆきえ》が答《こた》へた。おや、と心着《こゝろづ》くと最《も》うざんざと川水《かはみづ》。
まだ可怪《おかし》かつたのは、一行《いつかう》が、其《それ》から過般《いつか》の、あの、城山《しろやま》へ上《のぼ》る取着《とつつき》の石段《いしだん》に懸《かゝ》つた時《とき》で。是《これ》から推上《おしあが》らうと云《い》ふのに一呼吸《ひといき》つくらしく、フト停《と》まると、中《なか》でも不精《ぶせう》らしい簑《みの》の裾《すそ》の長《なが》いのが、雲《くも》のやうに渦《うづま》いた段《だん》の下《した》の、大木《たいぼく》の槐《えんじゆ》の幹《みき》に恁懸《よりかゝ》つて、ごそりと身動《みうご》きをしたと思《おも》へ。
『わい、擽《くすぐつ》てえ。
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