ざう》を刻《きざ》みはじめた。が、又《また》此《こ》の作《さく》に対《たい》する迫害《はくがい》は一通《ひととほ》りではないのであつた。猫《ねこ》が来《き》て踏《ふ》んで行抜《ゆきぬ》ける、鼠《ねずみ》が噛《かじ》る。とろ/\と睡《ねむ》つて覚《さ》めれば、犬《いぬ》が来《き》てぺろ/\と嘗《な》めて居《ゐ》る……胴中《どうなか》を蛇《へび》が巻《ま》く、今《いま》穴《あな》を出《で》たらしい家守《やもり》が来《き》て鼻《はな》の上《うへ》を縦《たて》にのたくる……やがては作者《さくしや》の身躰《からだ》を襲《おそ》ふて、手《て》をゆすぶる、襟頸《ゑりくび》を取《と》つて引倒《ひきたふ》す、何者《なにもの》か知《し》れずキチ/\と啼《な》いて脇《わき》の下《した》をこそぐり掛《か》ける。
無残《むざん》や、其《そ》の中《なか》にも命《いのち》を懸《か》けて、漸《やつ》と五躰《ごたい》を調《とゝの》へたのが、指《ゆび》が折《を》れる、乳首《ちくび》が欠《か》ける、耳《みゝ》が※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》げる、――これは我《わ》が手《て》に打砕《うちくだ》いた、其《そ》の斧《をの》を揮《ふる》つた時《とき》、さく/\さゝらに成《な》り行《ゆ》く像《ざう》は、骨《ほね》を裂《さ》く音《おと》がして、物凄《ものすご》く飛騨山《ひだやま》の谺《こだま》に響《ひゞ》いた。
其《そ》の夜更《よふ》けから、しばらく正躰《しやうたい》を失《うしな》つたが、時《とき》も知《し》らず我《われ》に返《かへ》ると、忽《たちま》ち第三番目《だいさんばんめ》を作《つく》りはじめた、……時《とき》に祠《ほこら》の前《まへ》の鳥居《とりゐ》は倒《たふ》れて、朽《く》ちたる縄《なは》は、ほろ/\と断《き》れて跡《あと》もなく成《な》る。……
と今度《こんど》のは完成《くわんせい》した。而《そ》して本堂《ほんだう》の正面《しやうめん》に、支《さゝえ》も置《お》かず、内端《うちは》に組《く》んだ、肉《にく》づきのしまつた、膝《ひざ》脛《はぎ》の釣合《つりあひ》よく、すつくりと立《た》つた時《とき》、木《き》の膚《はだえ》は小刀《こがたな》の冴《さえ》に、恰《あたか》も霜《しも》の如《ごと》く白《しろ》く見《み》えた。……が扉《とびら》を開《ひら》いて、伝説《でんせつ》なき縁起《えんぎ》なき由緒《ゆいしよ》なき、一躰《いつたい》風流《ふうりう》なる女神《によしん》のまざ/\として露《あら》はれたか、と疑《うたが》はれて、傍《かたはら》の棚《たな》に残《のこ》つた古幣《ふるぬさ》の斜《なゝ》めに立《た》つたのに対《たい》して、敢《あへ》て憚《はゞか》るべき色《いろ》は無《な》かつた。
折《をり》から来合《きあ》はせた権七《ごんしち》に見《み》せると、色《いろ》を変《か》へ、口《くち》を尖《とが》らせ、目《め》を光《ひか》らせて視《なが》めたが、其《そ》の面《つら》は烏《からす》にも成《な》らず、……脚《あし》は朽木《くちき》にも成《な》らず、袖《そで》は羽《はね》にも成《な》らぬ。
其処《そこ》で、自分《じぶん》で引背負《ひつしよ》ふなり、抱《だ》くなりして、其《そ》の彫像《てうざう》を城趾《しろあと》の天守《てんしゆ》に運《はこ》ぶ。……途中《とちゆう》の塵《ちり》を避《さ》けるため蔽《おほひ》がはりに、お浦《うら》の着換《きがえ》を、と思《おも》つて、権七《ごんしち》を温泉宿《をんせんやど》まで取《と》りに遣《や》つた。
あとで、此《こ》の祠《ほこら》に籠《こも》つてから、幾日《いくか》の間《あひだ》か鳥居《とりゐ》より外《そと》へは出《で》ない、身躰《からだ》を伸々《のび/\》として大手《おほで》を振《ふ》つて畝路《あぜみち》から畷《なはて》へ出《で》た――然《さ》まで遠《とほ》くもない城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の方《はう》へ、何《なに》となく足《あし》が向《む》いて、ぶらり/\と歩行《ある》いたが、我《わ》が住居《すまゐ》を出《で》て其処等《そこら》散歩《さんぽ》をする、……祠《ほこら》の家《いへ》にはお浦《うら》が居《ゐ》て留主《るす》をして、我《わ》がために燈火《ともしび》のもとで針仕事《はりしごと》でも為《し》て居《ゐ》るやうな、つひした楽《たの》しい心地《こゝち》がする。……細《ほそ》い杖《ステツキ》を持《も》たないのが物足《ものた》りないくらゐなもので。
風《かぜ》もふわ/\と樹《き》の枝《えだ》を擽《くすぐ》つて、はら/\笑《わら》はせて花《はな》にしやうとするらしい、壺《つぼ》の中《なか》のやうではあるが、山国《やまぐに》の夜《よ》は朧《をぼろ》。
三十一
譬《たと》へば城《じやう》ヶ|
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