いき》を吐《つ》く顔《かほ》を見《み》て、遁《に》げるやうに二三人《にさんにん》摺《す》り抜《ぬ》けた。
やがて十二時《じふにじ》を打《う》つた。女中《ぢよちゆう》が床《とこ》を取《と》りに来《き》て、一《ひと》つ伸《の》べて、二《ふた》つ並《なら》べやうと為《し》たので、
『そりや可《よ》からう、』と言《い》つた時《とき》は我《われ》ながら変《へん》な声《こゑ》だと思《おも》つた。……勿論《もちろん》寐《ね》もせず、枕元《まくらもと》へ例《れい》の紫縞《むらさきじま》のを摺《ず》らして、落着《おちつ》かない立膝《たてひざ》で何《なに》を聞《き》くとも無《な》く耳《みゝ》を澄《す》ますと、谿河《たにがは》の流《ながれ》がざつと響《ひゞ》くのが、落《お》ちた、流《なが》れた、打当《ぶちあ》てた、岩《いは》に砕《くだ》けた、死《しん》だ――と聞《き》こえる。
『あゝつ、』と忌《いま》はしさに手《て》で払《はら》つて、坐《すは》り直《なほ》して其処等《そこら》を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《みまは》す、と密《そつ》と座敷《ざしき》を覗《のぞ》いた女中《ぢよちゆう》が、黙《だま》つて、スーツと障子《しやうじ》を閉《し》めた。――夜《よ》が更《ふ》けて寒《さむ》からうと、深切《しんせつ》に為《し》たに違《ちがひ》ないが、未練《みれん》らしい諦《あきら》めろ、と愛想尽《あいさうつか》しを為《さ》れたやうで、赫《くわつ》と顔《かほ》が熱《あつ》くなる。
背中《せなか》がぞつと寒《さむ》く成《な》る……背後《うしろ》を見《み》る、と床《とこ》の間《ま》に袖畳《そでだゝ》みをした女《をんな》の羽織《はおり》、わがねた扱帯《しごき》、何《なに》となく色《いろ》が冷《つめた》く成《な》つて紀念《かたみ》のやうに見《み》えて来《き》た、――持主《もちぬし》が亡《な》くなると、却《かへ》つてそんなものが、手《て》ん手《で》に活《い》きて来《き》たやうに思《おも》はれて、一寸《ちよいと》触《さは》るのも憚《はゞ》かられる。
何処《どこ》か、しゆつ/\と風《かぜ》が通《とほ》る……
十七
「うら悲《かな》しい、心細《こゝろぼそ》い、可厭《いや》な声《こゑ》で、
『お客様《きやくさま》あゝ、』
『奥様《おくさま》、』と呼《よ》ぶのが、山颪《やまおろし》の風
前へ
次へ
全142ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング