《かぜ》に響《ひゞ》いて、耳《みゝ》へカーンと谺《こだま》を返《かへ》してズヽンと脳《なう》を抉《えぐ》る。
『お客様《きやくさま》、』
『奥方様《おくがたさま》。』……は情《なさけ》ない。少《すこ》し裏山《うらやま》へ近《ちか》く成《な》つたと思《おも》ふと、女《をんな》の声《こゑ》が交《まじ》つて、
『奥様《おくさま》やあ、』と呼《よ》んだ。ヒイと之《これ》が悲鳴《ひめい》を上《あ》げるやうで、家内《かない》が絞殺《しめころ》される叫《さけ》びに聞《き》こえる、最《も》う堪《たま》りません。
廊下《らうか》を跣足《はだし》で出《で》て、階子段《はしごだん》の上《うへ》から倒《さかさま》に帳場《ちやうば》を覗《のぞ》いて、
『御主人《ごしゆじん》、御主人《ごしゆじん》、』
と、海《うみ》が凪《な》いだ後《あと》を、ぶる/\震《ふる》へる波《なみ》のやうな畳《たゝみ》の上《うへ》に、男《をとこ》だか女《をんな》だか、二人《ふたり》ばかり打上《うちあ》げられた躰《てい》で、黒《くろ》く成《な》つて突伏《つゝぷ》した真中《まんなか》に、手酌《てじやく》でチビリ/\飲《や》つて居《ゐ》た亭主《ていしゆ》が、むつくり頭《あたま》を上《あ》げて、
『まだ御寐《およ》りませんかな。』と言《い》ひ/\四五段《しごだん》上《のぼ》つた、中途《ちゆうと》の上下《うへした》で欄干《てすり》越《ごし》に顔《かほ》を合《あ》はせた。
『又《また》入《い》れ替《かは》つて出《で》てくれたのかね、あゝ言《い》つて呼《よ》んでるのは、』
『へい、否《いゝえ》、山深《やまふか》く参《まゐ》つたのが、近廻《ちかまは》りへ引上《ひきあ》げて来《き》たでござります。』
『まだ、知《し》れんのだね、あゝして呼立《よびた》てゝ居《ゐ》るのを見《み》ると。』
『へい、何《なに》しろ、早《は》や、山《やま》も谷《たに》も数《すう》が知《し》れん処《ところ》でござりますけにな。……』
と歎息《たんそく》を為《し》たが、面《つら》を振《ふ》つて、嚏《くしやみ》をした。
『しかし、あれでござりましよ。何分《なにぶん》夜《よ》が更《ふ》けましたで、道《みち》を教《をし》へますものも明方《あけがた》まで待《ま》ちませうし、又《また》……奥方様《おくがたさま》も、何《ど》の道《みち》お草臥《くたび》れでござりませうで、い
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