》のやうに、魅《つま》まれて路《みち》を迷《まよ》つたらうか。』
『然《さ》うでもござりやすめえ、奥様《おくさま》は、其《そ》のお前様《めえさま》を捜《さが》し歩行《ある》いて、其《それ》で未《ま》だ、お帰《かへ》りが無《な》いのでござりやせうで、天狗様《てんぐさま》も二人一所《ふたりいつしよ》に攫《さら》はつしやることは滅多《めつた》にねえ事《こと》でござります。今《いま》にお帰《かへ》りに成《な》るでござりやしやう。宿《やど》でも心配《しんぱい》をして居《を》りますで、夜一夜《よつぴて》寐《ね》ねえで捜《さが》しますで、お前様《めえさま》は、まあ、休《やす》まつしやりましたが可《よ》うござります。』
 気《き》が気《き》では無《な》い。一所《いつしよ》に捜《さが》しに出《で》かけやうと言《い》ふと、いや/\山坂《やまさか》不案内《ふあんない》な客人《きやくじん》が、暗《やみ》の夜路《よみち》ぢや、崖《がけ》だ、谷《たに》だで、却《かへ》つて足手絡《あしてまと》ひに成《な》る。……案内者《あんないしや》に雇《やと》はれるものが、何《なに》も知《し》らない前《まへ》に道案内《みちあんない》を為《し》たと言《い》ふも何《なに》かの縁《えん》と思《おも》ふ。人一倍《ひといちばい》精出《せいだ》して捜《さが》さうから静《しづ》かに休《やす》め、と頼母《たのも》しく言《い》つて、すぐに又《また》下階《した》へ下《お》りた。
 一時《ひとしきり》騒々《さう/″\》しかつたのが、寂寞《ひつそり》ばつたりして平時《いつも》より余計《よけい》に寂《さび》しく夜《よ》が更《ふ》ける……さあ、一分《いつぷん》、一秒《いちびやう》、血《ち》が冷《ひ》え、骨《ほね》が刻《きざ》まれる思《おも》ひ。時《とき》が経《た》てば経《た》つだけ、それだけお浦《うら》の帰《かへ》る望《のぞ》みが無《な》くなると言《い》つた勘定《かんぢやう》。九時《くじ》が十時《じふじ》、十一時《じふいちじ》を過《す》ぎても音沙汰《おとざた》が無《な》い。時々《とき/″\》、廊下《らうか》を往通《ゆきかよ》ふ女中《ぢよちゆう》が、通《とほ》りすがりに、
『何《ど》う遊《あそ》ばしたのでございませう、』
『うむ、』
『御心配《ごしんぱい》でございます。』
『あゝ、』
 ――返答《へんたふ》が出来《でき》ないで、溜息《ため
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