行《ある》いた事《こと》を言出《いひだ》すと、皆《みな》まで恥《はぢ》を言《い》はぬ内《うち》に……其《そ》の若《わか》い男《をとこ》が半分《はんぶん》で合点《がつてん》したんです。」
 さあ、亭主《ていしゆ》も飛《とん》でも無《な》い顔《かほ》をする。捜《さが》すのに、湯殿《ゆどの》や小用場《こようば》では追着《おつつ》かなく成《な》つた。
『権七《ごんしち》や、主《ぬし》は先《ま》づ、婆様《ばあさま》が店《みせ》へ走《はし》れ、旦那様《だんなさま》、早速《さつそく》人《ひと》を出《だ》しますで、お案《あん》じなさりませんやうに。主《ぬし》も働《はたら》いてくれ、さあ、来《こ》い、』
と若《わか》いものを連《つ》れて、どたばた引上《ひきあ》げる時分《じぶん》には、部屋《へや》の前《まへ》から階子段《はしごだん》の上《うへ》へ掛《か》けて、女中《ぢよちゆう》まじりに、人立《ひとだ》ちがするくらゐ、二階《にかい》も下《した》も何《なに》となく騒《さは》ぎ立《た》つ。
 雨戸《あまど》を開《あ》けて欄干《らんかん》から外《そと》を見《み》ると、山気《さんき》が冷《ひやゝ》かな暗《やみ》を縫《ぬ》つて、橋《はし》の上《うへ》を提灯《ちやうちん》が二《ふた》つ三《み》つ、どや/\と人影《ひとかげ》が、道《みち》を右左《みぎひだり》へ分《わか》れて吹立《ふきた》てる風《かぜ》に飛《と》んで行《ゆ》く。
 真先《まつさき》に案内者《あんないしや》権七《ごんしち》の帰《かへ》つて来《き》たのが、ものゝ半時《はんとき》と間《あひだ》は無《な》かつた。けれども、足《あし》を爪立《つまだ》つて待《ま》つて居《ゐ》る身《み》には、夜中《よなか》までかゝつたやうに思《おも》ふ。
 婆《ばあ》さんに聞《き》けば、夫婦《ふうふ》づれの衆《しゆ》は、内《うち》で采粒《さいつぶ》を買《か》はつしやると、両方《りやうはう》で顔《かほ》を見合《みあ》ひながら後退《あとしざ》りをして、向《むか》ふ崖《がけ》の暗《くら》い方《はう》へ入《はい》つたまで。それからは覚《おぼ》えて居《を》らぬ。目《め》は踈《うと》し、暮方《くれがた》ではあり、やがて暗《くら》くなつて了《しま》つた、と権七《ごんしち》が言《い》ふ。
 のみ、手懸《てがゝ》りは何《なん》にも無《な》い。
『矢張《やつぱり》何《なに》か私《わたし
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