》けたての真《しん》を細《ほそ》めた台洋燈《だいらんぷ》が、影《かげ》を大《おほ》きく床《とこ》の間《ま》へ這《は》はして、片隅《かたすみ》へ二間《ふたま》に畳《たゝ》んだ六枚折《ろくまいをり》の屏風《びやうぶ》が如何《いか》にも寂《さび》しい。
 而《そ》して誰《たれ》も居《ゐ》ない八畳《はちでふ》の真中《まんなか》に、其《そ》の双六巌《すごろくいは》に似《に》たと言《い》ふ紫縞《むらさきじま》の座蒲団《ざぶとん》が二枚《にまい》、対坐《さしむかひ》に据《す》えて有《あ》つたのを一目《ひとめ》見《み》ると、天窓《あたま》から水《みづ》を浴《あ》びたやうに慄然《ぞつ》とした。此処《こゝ》へも颯《さつ》と一嵐《ひとあらし》、廊下《らうか》から追《お》つて来《き》て座敷《ざしき》を吹抜《ふきぬ》けて雨戸《あまど》をカタリと鳴《な》らす。
 恁《か》うして、お浦《うら》に別《わ》かれるのが極《きま》つた運命《うんめい》では無《な》からうかと思《おも》つた……
「浴室《ゆどの》だ、浴室《ゆどの》だ。見《み》ておいで。と女中《ぢよちゆう》を追遣《おひや》つて、倒《たふ》れ込《こ》むやうに部屋《へや》に入《はい》つて、廊下《らうか》を背後向《うしろむ》きに、火鉢《ひばち》に掴《つかま》つて、ぶる/\と震《ふる》へたんです。……老爺《おぢい》さん。」
と雪枝《ゆきえ》は片手《かたて》で胸《むね》を抱《だ》いた。
「亭主《ていしゆ》が上《あが》つて来《き》ました。
『えゝ、一寸《ちよいと》お引合《ひきあ》はせ申《まを》しまする。此《この》男《をとこ》が其《そ》の、明日《みやうにち》双六谷《すごろくだに》の途中《とちゆう》まで御案内《ごあんない》しまするで。さあ、主《ぬし》、お知己《ちかづき》に成《な》つて置《お》けや。』と障子《しやうじ》の蔭《かげ》に蹲《しやが》んで居《ゐ》た山男《やまをとこ》に顔《かほ》を出《だ》させる、と此《これ》が、今《いま》しがたつひ其処《そこ》まで私《わたし》を送《おく》つてくれた若《わか》いもの、……此方《こつち》は其処《そこ》どころぢや無《な》い。」

         十六

「恁《か》う成《な》ると、最《も》う外聞《ぐわいぶん》なんぞ構《かま》つては居《ゐ》られない。魅《つま》まれたか誑《たぶらか》されたか、山路《やまみち》を夢中《むちゆう》で歩
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