》がドキ/\した。
『奥方様《おくがたさま》で、はゝ、何《なに》や、一寸《ちよいと》お見申《みまを》せ。』と頤《あご》を向《む》けると、其処《そこ》に居《ゐ》た女中《ぢよちゆう》が、
『御一所《ごいつしよ》では無《な》かつたのでございますか。』
 で、ばた/\と廊下《らうか》を、直《す》ぐに二階《にかい》へ駆上《かけあが》つた。
 何故《なぜ》か雪枝《ゆきえ》は他人《たにん》を訪問《はうもん》に来《き》たやうな心持《こゝろもち》に成《な》つて、うつかり框際《かまちぎは》の広土間《ひろどま》に突立《つゝた》つて居《ゐ》た。
 山路《やまみち》から、後《あと》を跟《つ》けて来《き》たらしい嵐《あらし》が、袂《たもと》をひら/\と煽《あふ》つて、颯《さつ》と炉傍《ろばた》へ吹込《ふきこ》むと、燈《ともしび》が下伏《したぶせ》に暗《くら》く成《な》つて、炉《ろ》の中《なか》が明《あかる》く燃《も》える。これが赫《くわつ》と、壁《かべ》に並《なら》んだ提灯《ちやうちん》の箱《はこ》に映《うつ》る、と温泉《いでゆ》の薫《かをり》が芬《ぷん》とした。
 五六段《ごろくだん》階子《はしご》を残《のこ》して、女中《ぢよちゆう》が廊下《らうか》の高《たか》い処《ところ》へ顔《かほ》を出《だ》して、
『まだ、お帰《かへ》り遊《あそ》ばしません。』
『下《お》りて来《き》て、ちやんと申《まを》さぬかい、何《なん》ぢや、不作法《ぶさはふ》な。』と亭主《ていしゆ》が炉端《ろばた》から上睨《うはにら》みを行《や》る。
 雪枝《ゆきえ》は一文字《いちもんじ》に其《そ》の前《まへ》を突切《つゝき》つて、階子段《はしごだん》を駆上《かけあが》り状《ざま》に、女中《ぢよちゆう》と摺違《すれちが》つて、
『そんな筈《はづ》は無《な》い。そんな、お前《まへ》、』と躾《たしな》めるやうに言《い》ひ/\飛上《とびあが》つたのであつた。
『それともお湯《ゆ》へお出《い》でなさいましてですか、お座敷《ざしき》には居《ゐ》らつしやいませんですよ。』と小走《こばし》りに跟《つ》いて来《く》る。
 固《もと》より女中《ぢよちゆう》が串戯《ぢやうだん》を言《い》ふわけは無《な》い。居《ゐ》ないものは居《ゐ》ないので、座敷《ざしき》を見《み》ると、あとを片附《かたづ》けて掃出《はきだ》したらしく、きちんと成《な》つて、点《つ
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